初個展

 

 

2010年、初個展の時のことを思い出した。

 

独立して数年経っていて30歳までには個展をしたいと夫婦で毎日話し合いをしていた。

特に展示する会場の空間にこだわって、いろんなところを探した。

ところが家具を景色として見てもらえるような広々としたギャラリーはなかなか見つからない。

 

そしたら妻が、家の近くにまだできたばかりだと思うけど綺麗な建築があるよ。と教えてくれた。

行ってみると、工業団地と共に作られた環境に配した公共建築で、その中にギャラリースペースがあった。

 

交通の便は良くないけど、景色が素晴らしくて、光にあふれていて、理想的な場所だった。

ここならいい展示になると夢を抱いて必死に望んだ。

 

 

 

 

 

 

 

感性

 

 

少し慌ただしくなっていて

間が空いてしまったが 椅子の設計を進めている

以前の図面も見返しながら

自作の形を決める数値は貴重なデータ

静かに曲線をつなげたい

 

しかしそれとは逆に

家具製作のプロセスを変えていきたいと思ってる

扱う数字を大事なポイントだけにして 少なくしていきたい

自分が家具制作のプレイヤーであることを活かしたプロセス

骨格が少しづつ見えてきたか

構想を抱き 夢をみながら 体で作るような

 

先日はお客さんが来てくださった

実物の家具に触れていただき 工房や設計室も見ていただいた

ぼくの制作環境や感性を理解をしていただき本当にうれしい

いい物を届けたい

 

 

 

 

黒や赤や緑の光

 

 

体調を崩し、静かな正月を過ごした

 

新しい椅子のデザインをしてる。

僕がもつ、設計術、木工技術、椅子の存在感が、

自然と集結したものになればと思っているのだが、やはり苦労しそうだ。

 

椅子はよく言われるように、家具の中で最も彫刻的だと思うが、

その形態は、身体や機能に対してとても正直で、非常に制約を感じる物でもある

 

やさしい曲線を描きたいと思っている。

 

 

 

全体と部分 1

ぼくは建築、家具を通して、全体と部分について考えてきたとも言える

意識的ではないけど、この転機において振り返るとそういう側面があると思った。

 

都市の中に建築があり、建築の中に家具がある。

それはその物理的な大きさと比例するように、とてもわかりやすく理解された。

入学した大学は空間造形学科という名で、まさに家具から都市までを範囲としていて、

ぼくはその中で家具を選んだ。

 

造形思考が強い自分は、家具をとりまく建築やデザインとの間で、ひどく悩まされた。

 

当時2000年初頭、ミラノサローネに象徴される、

ファッショナブルな家具の世界に不満を覚えていた。

家具は日常において愛おしく使われるものでありたい。

用が大事なんだ。そうでなければ、どんな形を造ろうと上物になってしまう。

 

そしてそこには豊かな日常がある。

いい飯碗でご飯を食べて、好きなテーブルで、気に入った椅子に座って

そんな中に優れた家具があり、それらを包むのは建築だ。

建築や生活という全体性の中で、家具が役割を果たすことで美しさが見出される。と思った。

 

家具の造形をしたい

けど家具を考える以上これらを絶対に見落とすことはできなかった。

機能を疎かにしては、いい家具はありえない

機能と造形を真面目に考えれば考えるほど、その壁を痛烈に感じた。

用の美は完璧で、ぼくにとって更に混迷を深めた。  

生まれた家具達はそこと闘ってきた痕跡といえる。

 

今思えば、大学教授にジョージナカシマを教えていただき、

大学図書館にあった、北欧家具やシェーカー家具に目を止めたのは、必然だったと思う。

 

次第に造形と機能は一体化していった

自分の描く線は機能を内蔵した線となっていく

 

自分らしい家具の形をつくりたい

行き着いたのは、全体の中で部分が役割を果たすと同時に、

その個性が、全体を惹き立てる特別な部分でありたい。ということだった。

 

これは、どんなに異質なものであっても、全体に対して役割を持ち得れば、可能であるということだ。

宇宙に到達するほどのロケットエンジンが、ものすごい燃焼温度に達する爆発力をもつ事と同時に、

それに耐えうる冷却装置を備えた容器があって、初めて実用ロケットとして成立するように。

 

異質なものを取り入れることで、全体を活性化し豊かにする。

そのことが全体性の中に含まれている。

しかしこれは結局、全体の中で部分が役割化することを意味していた。

この部分の在り方に、ぼくは息苦しさを感じはじめた。

 

全体と部分は、ある機能を媒介して一体化する

明らかになったのは、機能物はどこまでいっても、機能が媒介的な主体なのである。

そして、ぼく自身の大きな問題の主体は、機能にあることだ。

 

 

 

年末

 

模型たち

これから新しい椅子を考える

というか頭の中にあるので まずそれを出す

ナッツスツールは 3脚完成

 

 

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ナッツスツール

スツールもあと少し。これは修行時代に考えて独立後、リメイクしたものだけど

しっかりと考えたものは何度制作しても作りがいがある

 

 

 

 

 

 

自宅撮影

今年やっと自宅での撮影ができるようになった。

独立した頃、尊敬している大先輩の木工家に教わった撮影に関するメモを見返し、背景紙を購入。

どういう光が良いかとか、どうすればそのような光になるかはこれから。

 

12月

 

 

12月になった。ストーブをつける。

コーヒー豆がなくなったので、コメダ珈琲で豆を買ってみた

 

ひたすらスツールの脚を削る

一品制作が続いたので、同じパーツを何個も作る作業は久しぶり。

ラジオを聞きながら落ち着いて削る

うちは旋盤がなく、丸棒は手鉋で削るのでちょっと大変だ。

修行の頃、最初に覚えたのがこのスツールの円錐型の丸脚削りだったな

あんまり考えるな 体で作れと呼びかける

 

 

 

 

U

 

 

 

U/Object_Post

2017

Size: W352 D270 H300

Material: 樟

Photography: YUICHI NAKATSU

 

 

その雑めきの向こうで、機能不全なるモノが交信している

受容と配信を繰り返す媒体 イメージの運搬者

 

今年制作したオブジェクト2です。

樟の丸太から削り出しで捕まえました。

今年もまた1体のオブジェクトができてうれしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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