ウェグナー

 

 

修行時代にデザイン制作した椅子の修理をした。

この椅子は入社して2年目くらいか、初めて本格的にデザイン制作を任された椅子で、

学生の頃より憧れていた、ウェグナーのカウホーンチェアーやブルホーンチェアーのような

包み込むように 美しい曲面を描くアームを参考に、通常業務を終えた後、毎日のように設計・試作に励んだ。

まず このアームをどうやってジョイントするのか、そしてどうやってこの複雑な曲線を削り出すのか、

図面としては、この曲面はどういった数値をもっているのか。

だいぶ頭を抱えた記憶がある。

 

初めてウェグナーの椅子に出会ったのは、

まだデザインを勉強し始めた頃、教授の自宅のダイニングにあったYチェアー。

古民家の平家で、愛されながら、生活の中にしつらえられた白木の椅子にとても感動した。

 

働き始めてある時、カフェのカウンターにYチェアーが並んでいた。

その後ろ姿を見た時、工芸的にも見えたYチェアーが はっきりと工業製品だと感じたことがあった。

もちろん大事なところで手工芸が残されていることを含めた工業製品ではあるが。

この椅子は、基本的な職人技術、世界の椅子のルーツ、当時の工業生産技術を元に、

デザイン設計術によって魔法がかけられている。木工と椅子のことを知れば知るほどそう思うのだ。

そう考えると、ウェグナーは木製家具デザイナーとして巨大である。

 

あの頃を思い出しながら考えていくと、今ぼくは大分違った景色をみている。

 

 

 

時間

 

 

今年は雪がたくさん降った

こんなに降ったのは久しぶり

 

独立して数年後 少し遠回りして造園の仕事を志した

同郷の友達が 突然東京から来てくれた

するとその日の夜から 雪が降りはじめて

翌朝には 何かが止まったかのように景色が一変していた

雪に不慣れな 静岡育ちの2人でタイヤチェーンをつけて

大きな杉の木のある神社に行ったことを思いだす

 

時間は流れている

ずっと目を逸らさず対象をみつめてきたが

ぼく自身は何も変わっていないのかもしれない

 

 

 

プレゼンテーション

図面に彩色をしてクライアントに見ていただいた。

単に図面といっても、形をつくる線に込めているものは大きい。

同型の2脚の椅子。チェリーとナラでつくり、座面生地も異なるものとする。

どんな色の組み合わせが良いか、他の家具やインテリアとのバランスを考えながら、

座面の2色の生地をクライアントとじっくりと考える。

そしてここから練り上げていく

イメージ上の椅子がすこしづつ見えてきた。

 

 

 

初個展

 

 

2010年、初個展の時のことを思い出した。

 

独立して数年経っていて30歳までには個展をしたいと夫婦で毎日話し合いをしていた。

特に展示する会場の空間にこだわって、いろんなところを探した。

ところが家具を景色として見てもらえるような広々としたギャラリーはなかなか見つからない。

 

そしたら妻が、家の近くにまだできたばかりだと思うけど綺麗な建築があるよ。と教えてくれた。

行ってみると、工業団地と共に作られた環境に配した公共建築で、その中にギャラリースペースがあった。

 

交通の便は良くないけど、景色が素晴らしくて、光にあふれていて、理想的な場所だった。

ここならいい展示になると夢を抱いて必死に望んだ。

 

 

 

 

 

 

 

感性

 

 

少し慌ただしくなっていて

間が空いてしまったが 椅子の設計を進めている

以前の図面も見返しながら

自作の形を決める数値は貴重なデータ

静かに曲線をつなげたい

 

しかしそれとは逆に

家具製作のプロセスを変えていきたいと思ってる

扱う数字を大事なポイントだけにして 少なくしていきたい

自分が家具制作のプレイヤーであることを活かしたプロセス

骨格が少しづつ見えてきたか

構想を抱き 夢をみながら 体で作るような

 

先日はお客さんが来てくださった

実物の家具に触れていただき 工房や設計室も見ていただいた

ぼくの制作環境や感性を理解をしていただき本当にうれしい

いい物を届けたい

 

 

 

 

黒や赤や緑の光

 

 

体調を崩し、静かな正月を過ごした

 

新しい椅子のデザインをしてる。

僕がもつ、設計術、木工技術、椅子の存在感が、

自然と集結したものになればと思っているのだが、やはり苦労しそうだ。

 

椅子はよく言われるように、家具の中で最も彫刻的だと思うが、

その形態は、身体や機能に対してとても正直で、非常に制約を感じる物でもある

 

やさしい曲線を描きたいと思っている。

 

 

 

全体と部分 1

ぼくは建築、家具を通して、全体と部分について考えてきたとも言える

意識的ではないけど、この転機において振り返るとそういう側面があると思った。

 

都市の中に建築があり、建築の中に家具がある。

それはその物理的な大きさと比例するように、とてもわかりやすく理解された。

入学した大学は空間造形学科という名で、まさに家具から都市までを範囲としていて、

ぼくはその中で家具を選んだ。

 

造形思考が強い自分は、家具をとりまく建築やデザインとの間で、ひどく悩まされた。

 

当時2000年初頭、ミラノサローネに象徴される、

ファッショナブルな家具の世界に不満を覚えていた。

家具は日常において愛おしく使われるものでありたい。

用が大事なんだ。そうでなければ、どんな形を造ろうと上物になってしまう。

 

そしてそこには豊かな日常がある。

いい飯碗でご飯を食べて、好きなテーブルで、気に入った椅子に座って

そんな中に優れた家具があり、それらを包むのは建築だ。

建築や生活という全体性の中で、家具が役割を果たすことで美しさが見出される。と思った。

 

家具の造形をしたい

けど家具を考える以上これらを絶対に見落とすことはできなかった。

機能を疎かにしては、いい家具はありえない

機能と造形を真面目に考えれば考えるほど、その壁を痛烈に感じた。

用の美は完璧で、ぼくにとって更に混迷を深めた。  

生まれた家具達はそこと闘ってきた痕跡といえる。

 

今思えば、大学教授にジョージナカシマを教えていただき、

大学図書館にあった、北欧家具やシェーカー家具に目を止めたのは、必然だったと思う。

 

次第に造形と機能は一体化していった

自分の描く線は機能を内蔵した線となっていく

 

自分らしい家具の形をつくりたい

行き着いたのは、全体の中で部分が役割を果たすと同時に、

その個性が、全体を惹き立てる特別な部分でありたい。ということだった。

 

これは、どんなに異質なものであっても、全体に対して役割を持ち得れば、可能であるということだ。

宇宙に到達するほどのロケットエンジンが、ものすごい燃焼温度に達する爆発力をもつ事と同時に、

それに耐えうる冷却装置を備えた容器があって、初めて実用ロケットとして成立するように。

 

異質なものを取り入れることで、全体を活性化し豊かにする。

そのことが全体性の中に含まれている。

しかしこれは結局、全体の中で部分が役割化することを意味していた。

この部分の在り方に、ぼくは息苦しさを感じはじめた。

 

全体と部分は、ある機能を媒介して一体化する

明らかになったのは、機能物はどこまでいっても、機能が媒介的な主体なのである。

そして、ぼく自身の大きな問題の主体は、機能にあることだ。

 

 

 

年末

 

模型たち

これから新しい椅子を考える

というか頭の中にあるので まずそれを出す

ナッツスツールは 3脚完成

 

 

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ナッツスツール

スツールもあと少し。これは修行時代に考えて独立後、リメイクしたものだけど

しっかりと考えたものは何度制作しても作りがいがある