Lv90

最初は持って歩くことが不可能なくらいの丸太だったが、大分軽くなった。

もう重いという感覚はない。大分デキテキタ 大分デキテキタと、ここのところずっと言っている

気がするが、明確な終わりは見えない。それでもレベル90くらいまで きていると思う。

 

楠の木は今まであまり縁がなかったが、とても作業していて気持ちいい材だ。

サクサクしていて加工しやすいし粘りもある。

先人が仏像彫刻で使用したのもうなずける。

 

もう形が大きく変わることはないが、そことは違う何かをつくっているのだと思う。

 

今回の作品は形体の認識のため、今でも外での作業が多いのだが、

蚊に悩まされて、蚊取線香を初めて使用したが効果が絶大で驚いた。

なんで今まで使わなかったんだろう。

線香の香りも妙に落ち着く。

 

モノ

もので発する 言葉やメッセージというよりは身体に近い

あらゆるものに命が宿るという思考は、ある種のやかましさを伴うし

ものに神秘が宿るという思考は、やがて依存や胡散臭さを伴うとも言えるが、

はたして人間は肉体を共にするからには、命とものを分けることができるだろうか

人間はイメージと共に生きていて、恍惚や悪夢から脱却することはできないし、

依存や逃避を排除することもできない

 

 

 

段階

また一段階抜けた。

”形がぐるっと回ってきた”

家具造形より個人的に使っている、生成のある段階を表す用語。

でもこの場合、終わりまで何段階あるのかわからない。

 

 

ミニトマトをプランターに植えたのだけど、大きくなりすぎたので枝を花瓶の中に入れたら、

根が生えてきて、実もつけてくれた。ミニトマトってよく育つ野菜なんですね。

 

 

 

 

うますぎスイカ

節のこと忘れてしまうほど、頭の中いっぱいになっちゃうとこがあって困るのだ。

スイカおいしいのにー

 

 

Brain man

 

 

 

Brain man/Object_Sit

2016

W470 D390 H400

 

2016年に制作したオブジェクト1

機能と造形は、美を機能するものとして用いることで、揺るぎないものを捉えたと思っていた。

しかしぼくはそこにはいなかった。

単純なことだった。

そしてこの造形物を削ることは、ぼくが自分自身であるための必死の行動だった。

機能不全となったぼくの家具感は、造形物と化して現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の夕方

ここのところ土日に予定があるので、オブジェクトの制作は、平日の夕方から少しづつ進めている。

ちょうど暑さが和らいだ頃でいい。

あまりにも期間が空いてしまうと、なんかよくわからなくなってしまうし、

何よりも作らないと本当に不安定になる。

 

彫刻用の新しい道具を何個か買った。

角度がついた鑿や、親指ほどの小さな鉋。

これからたくさん使いそうだ。

 

 

役者

物理的な現実世界とは別に、膨大なイメージが彷徨っている。

接点をつくらねば、迷子になってしまう。

 

現実とイメージを結ぶ役者を探している。それは機能的なオブジェクトだ。

ぼくはその出入り口を機能する役者のようなものを家具的なものから実在させたい

 

このブログを始めたのは今ぼくが転換期であり、色々な思いが流れでてくるので、

そのことを生な状態で記しておきたいと思ったからです。

自分自身を保つためのものであり、未来の作品との手探りな対話です。

 

GS

これ見てると楽しい。

人と車が、ガソリンを通して流れるように動いてる

ミニマムなのがまたいい。

みてると、メーターやノズルのついた給油機に惹かれる。

 

田貫湖

日曜日。家族で田貫湖へ

いいとこです。

zzz

 

 

 

 

 

そして削る

いつになったら終わるのか

断片を紡いでいくような段階に入った

みたことのないものが本当にいるように

実在性を高める 生きてるように

イメージでしかないのに?

現代における実在性、存在をつくることに大きな疑問を抱えながら、突きすすむ

 

石と花壇

ぼくの家の庭には石の花壇があるのだが、樹木が枯れてしまい石の花壇だけが残っている所があった。

石だけあっても草刈りの時に邪魔だし、境界の役割を終えたのでスッキリしたいからゴロっとどかした。

息子は時期的にカブトムシの幼虫がいないか楽しみにしていた。

花壇の石は、ただ置いてあるだけでなく割と深く埋めてあるため、思っている以上に大きな穴が現れた。

カブトムシの幼虫はいなかったが、小さな虫の幼虫がウジャウジャと生息していた。

石は花壇としての機能を失い、ただの石ころになった。

そして穴が残った。ここには機能の余韻が残っている。

ぼくはこれが気になる。

幼虫としてもここがお家だったわけだがら、とても困っただろう。

次の日の朝、息子が 幼虫まだいるかなーと穴を見にいくと、もういなかった と行って帰ってきた。